公益財団法人田附興風会 医学研究所北野病院

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特発性正常圧水頭症

特発性正常圧水頭症

特発性正常圧水頭症について

歩行障害、認知症、尿失禁といった症状を呈する高齢者の方の中には特発性正常圧水頭症と呼ばれる病気によるものがあり、髄液短絡(シャント)手術により歩行障害を中心に症状改善が得られるため、当科でこの治療に力を入れています。

特発性正常圧水頭症のQ&A

1)特発性正常圧水頭症 とはどんな病気ですか?
高齢の方で、とくに思い当たるような頭の病気をしたこともないのに、最近次第に歩きにくくなったり、認知障害がでたり、尿失禁といった症状がみられることがあります。このような症状は、パーキンソン病や脳血管性認知症、あるいはアルツハイマー病などでみられますが、数%の割合で、特発性正常圧水頭症という病気が含まれています。この病気は適切な診断ができれば、髄液シャント術という手術で症状の改善が得られると考えられています。

2)症状にはどんな特徴がありますか?
典型的には歩行障害、認知症、尿失禁の三症状が揃うことであるが、歩行障害のみのこともります。
歩行障害は最も頻度の高い症状である。関節の痛みや足の麻痺があっても歩行は困難になりますが、特発性正常圧水頭症の歩行障害は、歩行が小刻み、すり足になって、歩行時とくに方向変換時にふらつきが強くなるのが特徴です。パーキンソン病の歩行とやや似ていますが、手拍子のような外的刺激を与えても歩行の改善はみられません。また、パーキンソン病の歩行と違って、足を開いて歩くのも特徴の一つと考えられています。
高齢者ではなんらかの認知症症状がみられても不思議ではありませんが、アルツハイマー病のような、人格の変化や人物誤認といった高度の認知症ではなく、物忘れや注意力の低下といった軽度の認知症が多いとされています。
尿失禁の原因はいろいろありますが、特発性正常圧水頭症でも尿失禁を来すことがあります。

3)CTやMRIで診断可能ですか?
水頭症は脳実質の中にある貯水池のような場所(脳室といいます)が拡大している場合に疑われます。従って、CTでもMRIでも脳室拡大のあることが特発性正常圧水頭症を疑う前提条件になります。従来、脳全体の萎縮があっても脳室拡大は見られますので、両者の区別は難しいと考えられてきました。 最近では、脳室拡大に加えて、高位円蓋部(頭頂部)に髄液腔の縮小があり、それとは対照的に脳底部の髄液腔が拡大しているのが特徴といわれています。この所見をみるにはMRIが有用です。症状と画像の所見から特発性正常圧水頭症が疑わしければ、次の髄液タップ・テストを行います。

4)診断に有用な髄液タップ・テストとはどんな検査ですか?
髄液タップ・テストとは少し太い針を腰から刺入し、髄液を約30ml排除し、その後の症状、とくに歩行の変化をみる検査です。特発性正常圧水頭症では歩行は数日以内に良くなりますが、その効果は一時的で、次第に元にもどってきます。一時的にせよ明らかな症状の改善がみられれば、髄液をよく流す手術によって、症状の改善が期待できます。この検査で症状が良くならなくても手術が有効な場合もあります。

5)髄液タップ・テスト以外にもよい検査法はありますか?
髄液タップ・テスト以外に有用な検査法として、髄液持続排除、髄液圧持続測定、髄液吸収抵抗値測定といった方法があります。髄液持続排除は腰からシリコン管を挿入して髄液を持続的に滴下させます。1日に150ー200mlを数日間排除して、その後に症状が改善したかどうかをチェックする検査法です。持続髄液圧測定はシリコン管を腰から挿入して髄液圧をはかります。当科ではこの方法を用いて、検査の終了時に脳血管を拡張させる作用を持つ薬剤を静注して、髄液圧の上昇の程度を測定し、シャント手術の効果判定に用いています。

6)どのような治療法がありますか?
治療法は、現時点では手術治療のみです。手術は脳室内に貯まった髄液を人工のシリコン管を介して他の部位に導き、髄液の吸収を助ける髄液シャント術を行います。もっとも多く行われているのは髄液をお腹の方に導く脳室腹腔シャント術で、脳神経外科では数多く行われる手術の一つです。このシリコン管の途中には圧調節バルブが設置してあります。最近ではこの圧調節バルブは体外から設定圧を変化させる(圧可変式)ことができるようになっており、微妙な圧調節が必要な特発性正常圧水頭症ではこのような圧可変式バルブの使用が望ましいと考えられています。髄液シャント術にはこれ以外にも脳室心房シャント術、脳室腰部くも膜下腔シャント術なども行われます。

7)手術はどのような場合に行いますか?
手術を行うかどうかは、症状や検査結果に加えて、全身麻酔が可能かどうか、本人や家族の希望が高いかどうか、重度の全身合併症などがあるかどうか、介護の環境は整っているか、といったことを考えながら、決めることになります。手術時間は2時間程度です。入院期間は2週間程度です。

8)どのような治療効果がありますか?
早期に効果がみられるのは歩行障害で、約80%以上で有効とされています。尿失禁も約50%で有効とされています。物忘れ、注意力低下などの認知症症状の改善は少し遅く、1年後で30ー50%に有効とされています。

9)手術は安全ですか?
髄液シャント術は脳神経外科の手術の中でももっともよく行われる手術の一つです。安全性の高い手術と考えられていますが、数%程度に合併症が見られます。合併症として重篤なものには意識障害、運動麻痺、髄膜炎、腹膜炎があります。また、高齢者の場合には肺炎を併発することもあります。

10)術後にはどんな注意が必要ですか?
術後に症状の改善により、日中の活動が増えるにつれ、髄液がよく流れて、立ったり歩いたりすると頭痛を訴えることがあります。バルブ圧を適切に設定することによって次第に改善がみられます。また、頭の中に水腫や血腫がみられることがあります。術後数ヶ月はCTでの定期的な検査が必要です。バルブ圧の設定変更だけで消失することがありますが、意識障害や手足の麻痺などの症状が出てくれば手術が必要となります。
一方、手術をしても症状の改善が得られない、あるいは一時的によくなっていたのに再び元に戻ってしまう場合もあります。これには髄液の流れが減少している可能性がありますので、管の詰まりがないかどうかのチェックを行います。また、肥満や便秘で腹圧上昇も関与している場合がありますので、設定圧の変更とともに体重や便通のチェックも必要となります。
これ以外には、髄膜炎や腹膜炎といった感染症が起こる場合があり、感染治療のためにシリコン管の抜去が必要となる場合もあります。
介護の上での注意事項には、歩行の改善がみられても不安定性はまだ残存している場合がありますので、転倒に注意が必要です。

医療従事者向け

特発性正常圧水頭症は聞き慣れない病名かもしれません。一般に中高年になると歩行スピードが落ちる、或いは、歩行が不安定となって転びやすいという症状を訴える方が多くなりますが、その中に、髄液循環障害があり、髄液シャント術によって症状が改善する方があります。認知症、尿失禁を伴う場合に、これらの症状も改善することがあります。転倒をきっかけに頭部CTなどで脳室拡大を指摘された場合など、要注意です。

特発性正常圧水頭症は明らかな原因もなく歩行障害をきたし、髄液シャント術で症状の改善が得られるので、高齢社会にあって介護の負担を軽減できる点でも重要です。多くの類似症例の中から髄液シャント術有効例を手術前に予測することはまだまだ容易ではありませんが、当脳神経外科では画像診断・髄液排除試験を含めた補助診断と、神経内科医との連携により、適切な方に手術を行っております。また、類似の症状を呈しても閉塞性水頭症や腫瘍関連の水頭症である場合もあり、確実な診断と適切な治療(神経内視鏡手術等)も提案しております。

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