公益財団法人田附興風会 医学研究所北野病院

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バイオマーカーによる肺がん個別化化学療法

バイオマーカーによる肺がん個別化化学療法

これまでの経緯

肺がんの治療では、手術と様々な薬剤、放射線治療の連携が大切です。早期肺がんでは手術が治療の中心ですが、抗がん剤による術後補助療法で治療効果をさらに上げることができます。進行期肺がんでも、有効な分子標的薬剤や免疫チェックポイント阻害剤、抗がん剤治療をうけることができれば、積極的な手術を含めた集学的治療を行うことができるようになります(文献8)。そのような中で、一人一人の肺がん患者にあった個別化治療を行うことが重要です。

  • 1. 個別化化学療法の意義

    肺がんは様々な性格をもった多様性に富んだ病気であり、それぞれの肺がんの性格に基づいた個別化治療を行うことが重要です(文献3,4)。この個別化化学療法は、「有効な抗がん剤を選択」し、「無効な抗がん剤を回避」するものです。有効な抗がん剤を使用することで、治療効果の向上が期待できます。一方、無効な化学療法を回避することで、無益な副作用の軽減、無益な治療期間の短縮も図られます。このように、バイオマーカーに基づく個別化化学療法は、肺がん患者に大きな貢献をもたらします。

  • 2. 分子標的治療と免疫チェックポイント阻害剤による個別化治療

    分子標的薬剤では、EGFR遺伝子に変異をもつ肺がんはosimertinib(商品名 タグリッソ)など様々なEGFRチロシンキナーゼ拮抗剤が有効で、広く臨床実用されています (文献6)。また、ALK融合遺伝子をもつ肺がんではalectinib(商品名 アレセンサ)が、ROS1融合遺伝子をもつ肺がんではcrizotinib(商品名 ザーコリ)が有効で臨床実用されています。また、BRAF遺伝子に変異をもつ肺がんはdabrafenib(商品名 タフィンラー)+trametinib(商品名 メキニスト)併用療法が最近注目されています。
    免疫チェックポイント阻害剤では、nivolumab(商品名 オプジーボ)などがあります。その中で、PD-L1発現が多い肺がんはpembrolizumab(商品名 キイトルーダ)が有効であり、臨床実用されています。

  • 3. 日本国内の臨床診療の現状

    近年、多くの分子標的薬剤と免疫チェックポイント阻害剤が開発され、これらの薬剤が有効であれば、進行期の肺がんでも治療成績がとてもよくなりました。しかしながら、EGFR遺伝子に変異をもつ肺がんは腺癌の約40%であり、ALK融合遺伝子をもつ肺がんは腺癌の約3%、ROS1融合遺伝子をもつ肺がんとBRAF遺伝子に変異をもつ肺がんはそれぞれ腺癌の約1%、PD-L1発現が多い肺がんは約20%です。そのため、残りの肺がんや、分子標的薬剤と免疫チェックポイント阻害剤が無効になってきた肺がんでは、抗がん剤に対する更なる個別化治療の選択が必要となります。

  • 4. thymidylate synthase (TS)

    チミジル酸合成酵素(TS)はTS-1やUFTなどの5-FU系抗腫瘍剤の標的分子であり、TSの発現が少ないがん細胞は5-FU系抗がん剤に感受性であることを我々は示しました(文献1,2,5)。また、このTSの発現はpemetrexed(商品名 アリムタ)の有効性にも関与します(Br J Cancer 104:1594-601, 2011)。

    TS低発現肺がん

    TS低発現肺がん

    TS高発現腫瘍肺がん

    TS高発現腫瘍肺がん

  • 5. class III beta-tubulin

    チューブリン(tubulin)は細胞骨格の構成成分です。その中でclass III beta-tubulinのがん細胞における発現は、ドセタキセル(商品名 タキソテール)またはパクリタキセル(商品名 タキソール)などのタキサン系抗がん剤の感受性に関わることを我々は示しました(文献9)

    class III-beta tubulin低発現肺がん

    class III-beta tubulin
    低発現肺がん

    class III-beta tubulin高発現肺がん

    class III-beta tubulin
    高発現肺がん

個別化化学療法の体制

平成18年2月1日
「悪性腫瘍の遺伝子診断」 特定承認保険医療機関承認 承認番号(高先014)第1号

平成23年11月15日
「肺がん及び悪性縦隔腫瘍におけるバイオマーカーに基づく個別化化学療法」田附興風会 医学研究所 北野病院「医の倫理委員会」で承認

平成24年2月21日
「肺がんにおける抗がん剤効果予測因子のmRNA発現分布調査」 田附興風会 医学研究所 北野病院「医の倫理委員会」で承認

北野病院での個別化化学療法の流れ

患者と家族に対する十分なインフォームドコンセントの元、抗がん剤関連バイオマーカーについて検査を行い、個別化化学療法を施行します。

患者と家族に対する説明

手術前に患者と家族に「バイオマーカーに基づいた個別化化学療法」の内容を説明し、十分に理解と同意を得ます。その中で、この治療のため行う検査は、がん細胞における遺伝子異常という病気の状態をみるものであり、患者個人における本来の遺伝子情報ではないことを説明します。

腫瘍組織の摘出と保存

手術(胸腔鏡下または開胸下)、縦隔鏡による腫瘍組織の摘出

抗腫瘍剤関連バイオマーカーの検査
  • EGFR遺伝子変異とALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF遺伝子変異の検出とPD-L1発現の評価
  • 免疫組織化学法による腫瘍内発現の評価:class III beta-tubulin, TS
バイオマーカーに基づく個別化治療
  • 分子標的薬剤
    • ・EGFR遺伝子変異あり → EGFRチロシンキナーゼ拮抗剤の投与
    • ・ALK融合遺伝子あり → アレセンサの投与
    • ・ROS1融合遺伝子あり → ザーコリの投与
    • ・BRAF遺伝子変異あり → タフィンラー+メキニストの投与
  • 免疫チェックポイント阻害剤
    • ・PD-L1発現が多い → キイトルーダの投与
  • 抗腫瘍剤
    • ・TS低発現 → 5FU系抗がん剤またはアリムタの投与
    • ・class III beta-tubulin低発現 → タキサン系抗がん剤の投与

治療成績

TS発現でみた局所進行期肺がんの術後成績 class III beta-tubulinでみた局所進行期肺がんの術後成績

報道関連

  • 肺ガンの最新治療。テレビせとうち Next未来への挑戦 File 90 (平成17年)
  • 呼吸器:抗ガン剤のオーダーメイド治療。テレビせとうち 健康百科 (平成17年11月10日)

文献(われわれの主な研究論文)

  1. Huang C, Yokomise H, Kobayashi S, Fukushima M, Hitomi S, Wada H. Intratumoral expression of thymidylate synthase and dihydropyrimidine dehydrogenase in non-small cell lung cancer patients treated with 5-FU-based chemotherapy. International Journal of Oncology 17: 47-54, 2000.
  2. Huang C, Liu D, Masuya D, Nakashima T, Kameyama K, Ishikawa S, Ueno M, Haba R, Yokomise H. Clinical application of biological markers for treatments of resectable non-small cell lung cancers. British Journal of Cancer 92: 1231-1239, 2005.
  3. Huang C, Yokomise H, Fukushima M, Kinoshita M. Tailor-made chemotherapy for non-small cell lung cancer patients. Future Oncology 2: 289-299, 2006.
  4. Huang C, Yokomise H, Liu D. Therapeutic strategy based on biological markers for non-small cell lung cancers. Enhancer-Biotherapy Cancer 4: 19-21, 2006.
  5. Nakano J, Huang C, Liu D, Masuya D, Nakashima T, Yokomise H, Ueno M, Wada H, Fukushima M. Evaluations of biomarkers associated with 5-FU sensitivity for non-small cell lung cancer patients postoperatively treated with UFT. British Journal of Cancer 95: 607-615, 2006.
  6. Liu D, Nakano J, Ueno M, Masuya D, Nakashima T, Yokomise H, Yube K, Huang C. A useful protocol for analyses of mutations of the epidermal growth factor receptor gene. Oncology Reports 15: 1503-1505, 2006.
  7. Huang C, Liu D, Nakano J, Yokomise H, Ueno M, Kadota K, Wada H. E2F1 overexpression correlates with thymidylate synthase and survivin gene expressions and tumor proliferation in non-small cell lung cancer. Clinical Cancer Research 13: 6938-6946, 2007.
  8. Yokomise H, Gotoh M, Okamoto T, Yamamoto Y, Ishikawa S, Nakashima T, Masuya D, Liu D, Huang C. Induction chemoradiotherapy (Carboplatin-taxanes and concurrent 50 Gy radiation for bulky c-N2, N3 non-small-cell lung cancer. Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery 133: 1179-1185, 2007.
  9. Huang C, Kadota K, Liu D, Ueno M, Nakashima N, Ishikawa S, Gotoh M, Misaki N, Chang S, Yokomise H. Expression of ERCC1 and class III beta-tubulin is associated with the survival of resected stage III non-small cell lung cancer patients treated with induction chemoradiotherapy using carboplatin-taxane. Experimental and Therapeutic Medicine 1: 445-451, 2010.

学会発表

  1. 黄 政龍.非小細胞肺癌におけるバイオマーカーに基づく個別化治療.第83回日本呼吸器学会近畿地方会 ランチョンセミナー.2014.6.28. 姫路
  2. 平井達也,庄司 剛,住友亮太,黄 政龍.非小細胞肺癌における個別化化学療法のためのclass III beta-tubulin発現の評価.第73回日本癌学会学術総会.2014.9.25. 横浜
  3. 黄 政龍,劉 大革,横見瀬裕保,和田洋巳.thymidylate synthaseによる肺癌の個別化治療と核酸医療の開発.第32回日本呼吸器外科学会総会.2015.5.15. 高松
  4. 住友亮太,平井達也,黄 政龍.非小細胞肺癌におけるTSとRRM1の腫瘍内発現と腫瘍増殖能との関連.第75回日本癌学会学術総会.2016.10.6. 横浜
  5. 住友亮太,福井崇将,大竹洋介,黄 政龍.進行期非小細胞肺癌の術後補助化学療法における腫瘍内class III beta-Tubulin発現の有用性.第34回日本呼吸器外科学会総会.2017.5.18. 福岡
  6. 住友亮太,平井達也,村上裕亮,大竹洋介,黄 政龍.進行期非小細胞肺癌の術後補助化学療法における腫瘍内thymidylate synthase発現の有用性.第59回日本肺癌学会学術集会.2018.11.29. 東京