公益財団法人田附興風会 医学研究所北野病院

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medical research

2025.11.06
medical research

World's first discovery of the mechanism that protects alpha cells, another key factor in diabetes - Toward a new understanding of severe hypoglycemia

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公益財団法人田附興風会 医学研究所北野病院(所在地:大阪市北区扇町2-4-20、理事長:稲垣 暢也)の渋江 公尊研究員(糖尿病内分泌内科医)らの研究グループは、米国Joslin Diabetes Center(ハーバード大学医学部附属)との共同研究により、糖尿病のもう一つの鍵となる“α細胞”を保護する分子「Sec31A」の働きを初めて明らかにしました。本成果は、低血糖を防ぎつつ糖尿病治療をより安全に行うための理解を深めるものであり、糖尿病研究に新たな視点をもたらします。
なお、本研究成果は2025年10月15日に、国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。

研究の背景

糖尿病の主な原因としては、血糖を下げるホルモン「インスリン」*1を分泌するβ細胞*2の機能低下や細胞死がよく知られています。しかし、膵島*3にはもう一つ、血糖を上げるホルモン「グルカゴン」*4を分泌するα細胞*5が存在し、血糖の安定に重要な役割を果たしています。

グルカゴンは、低血糖時に肝臓へ作用して糖の産生を促すことで血糖値を回復させるホルモンです。この調節がうまく働かないと、意識障害やけいれんなどを伴う重症低血糖が起こり、命に関わることがあります。したがって、α細胞の機能が保たれていることは、糖尿病患者が安全に治療を受け続けるためのもう一つの重要な柱と言えます。

糖尿病では、慢性的な高血糖や炎症などの刺激により、膵島細胞は「小胞体ストレス(ERストレス)*6」や「酸化ストレス*7」などさまざまな細胞ストレスにさらされます。これらのストレスが長く続くと、β細胞では細胞死が進み、インスリン分泌が低下していきます。一方で、同じ膵島内にあるα細胞は、こうした多様なストレス環境でも比較的生き残ることが知られています。なぜ同じストレス環境でもα細胞だけが耐えられるのか――その仕組みはこれまで明らかになっていませんでした。

私たちは糖尿病や膵臓摘出後*8の患者さんの診療を通して、重症低血糖が日常生活を大きく制限し、治療継続を難しくする場面を多く見てきました。こうした臨床の現実から、「α細胞がどのようにして過酷な環境でも機能を保っているのか」を明らかにしたい――その思いが、この研究の出発点となりました。

研究内容と結果

その仕組みを解明するため、私たち研究グループはマウス由来のα細胞(αTC6細胞)を用いて、ゲノム全体を対象にしたCRISPRスクリーニング*9を実施。さらに、線虫(C. elegans)による生体レベルの検証、ヒト1型糖尿病膵島およびヒトα細胞擬似膵島(pseudoislet)*10を用いた解析を行い、動物からヒトまで一貫したアプローチでα細胞のストレス応答を解析しました。

その結果、細胞内輸送に関与する既知の分子「Sec31A」*11が、α細胞のストレス耐性を制御することを発見しました。

  • Sec31Aを抑制すると、α細胞は小胞体ストレス(ERストレス)下でも死ににくくなることが判明。
  • 酸化ストレスなど他のストレス環境でも、Sec31A抑制によって生存率が上昇する傾向が見られた。
  • ヒト膵島でも、炎症性刺激によりα細胞で特に強くSec31Aが発現していた。
  • Sec31Aはインスリン受容体と相互作用し、細胞生存シグナルの制御に関与していることが示された。

さらに、ヒト擬似膵島を用いたRNA解析により、Sec31Aの下流で活性化される分子や経路がα細胞とβ細胞で異なることが明らかになりました。この結果は、Sec31Aが同じ膵島内でも細胞型に応じて異なるネットワークを形成し、異なる生存戦略を支えていることを示しています。

意義と展望

糖尿病の治療では「高血糖」だけでなく、「低血糖をいかに防ぐか」も同じくらい重要です。今回の研究は、α細胞が持つ生存力の分子基盤を世界で初めて明らかにしたもので、臨床的にも重症低血糖の予防や膵島機能維持の新しい発想につながる可能性があります。

今後はSec31Aの調節機構を詳細に解析し、薬剤による制御や細胞保護への応用をめざします。

共同研究体制

本研究は、米国Joslin Diabetes Center(ハーバード大学医学部附属)との国際共同研究として、渋江研究員の留学中に開始され、帰国後は北野病院 医学研究所の研究体制と北野カデット*12研究費の支援のもとで継続・完結しました。

研究支援

  • 北野カデット研究費
  • 日本学術振興会 科学研究費補助金 若手研究(課題番号:22K16404)

用語解説

*1 インスリン: β細胞から分泌されるホルモンで、血糖を下げる。糖尿病はこの分泌または作用が障害される病気。
*2 β(ベータ)細胞: 膵島の中でインスリンを分泌する細胞。血糖を下げる役割を持ち、糖尿病ではこの細胞が減少
または機能低下する。
*3 膵島(すいとう): 膵臓の中に点在する、ホルモンを分泌する細胞の集まり。インスリンを出すβ細胞や、グルカゴ
ンを出すα細胞などが含まれ、血糖を一定に保つ中枢的な役割を担う。
*4 グルカゴン: α細胞から分泌されるホルモンで、肝臓に作用して血糖を上げる。インスリンとは逆の作用を持ち、
低血糖を防ぐ。
*5 α(アルファ)細胞: 膵島の中に存在し、血糖を上げるホルモン「グルカゴン」を分泌する細胞。低血糖時に血糖を
回復させる働きを持つ。
*6 小胞体ストレス(ERストレス): 細胞内でタンパク質を作る「小胞体」に負担がかかり、タンパク質が正しく作れなく
なる状態。糖尿病や老化で細胞死の原因となる。
*7 酸化ストレス(さんかすとれす): 体内で活性酸素が増え、細胞や組織を傷つける状態。糖尿病や生活習慣病などで問題となる。
*8 膵臓摘出後の糖尿病(すいぞうてきしゅつごのとうにょうびょう): 膵臓の一部または全部を切除した後に起こる糖尿病。インスリン(血糖を下げる)とグルカゴン(血糖を上げる)の両方が減るため、血糖値の変動が大きく、低血糖が起こりやすい。通常の糖尿病とは異なる管理が必要。
*9 CRISPRスクリーニング(クリスパースクリーニング): 細胞内の多数の遺伝子を一つずつ壊し、その後に薬剤などの条件を加えて、どの遺伝
子がその条件に影響を与えたかを調べる網羅的な遺伝子解析技術。重要な遺伝子を偏りなく発見することができ
る。
*10 擬似膵島(ぎじすいとう:pseudo-islet): ヒトのα細胞やβ細胞を試験管内で集めて人工的に形成した膵島構造。ヒト膵島に近
い反応を再現できる実験モデル。
*11 Sec31A: 細胞内でタンパク質を小胞に包んで輸送する分子。これまで細胞内輸送に関わることが知られていた
が、本研究でα細胞のストレス耐性を調整する新しい役割が示された。
*12 北野カデット(きたのカデット): 本法人の若手医学研究者育成制度。研究への強い意欲をもつ若手医師・研究者を「北野カデット」として選抜し、臨床と研究の両面で活動する機会を提供する。これにより、次世代の医学を担う人材の発掘と育成を図り、医学研究の進展を通じて社会の発展に寄与することを目的としている。

論文情報

  • タイトル: Genome-wide CRISPR Screen Identifies Sec31A as a Key Regulator of Alpha Cell Survival
  • 雑誌名: Nature Communications 
  • DOI: 10.1038/s41467-025-64169-5
  • 著者: Kimitaka Shibue他     
  • 掲載日: 2025年10月15日

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