公益財団法人田附興風会 医学研究所北野病院(所在地:大阪市北区扇町2-4-20、理事長:稲垣 暢也)の研究チームは、ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)後に発生する膵炎(Post-ERCP Pancreatitis:以下、PEP)に対して、スポーツ外傷の治療に使用される「氷水による局所冷却」が有効かつ簡便で安全な予防法となることを多施設共同無作為化比較試験により明らかにし、新たな標準治療となる可能性を示唆しました。
なお、本研究成果は2025年7月10日に、世界的な消化器病専門誌「The American Journal of Gastroenterology」に掲載されました。
引用:Azuma et al. Am J Gastroenterol. 2025. Doi: 10.14309/ajg.0000000000003644
ERCPは、胆管結石除去や胆道ドレナージなど、さまざまな胆膵疾患の治療に用いられる重要な内視鏡手技です。しかし、その合併症として、術後に発症するPEPが問題視されています。PEPの発生率は約5-10%と報告されており、重症化すれば命に関わることもあるため、その予防は重要な課題です。
国際的なガイドラインでは、PEP予防のために非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)の直腸投与が強く推奨されています。しかし日本ではPEP予防目的では保険適用外であるのと、用量に関する安全性の懸念などから広く使用されていません。
このような状況から、日本においては、安全かつ簡便で、既存の予防法に代わる、あるいは併用できる新たなPEP予防策の開発が喫緊の課題となっていました。
そこで研究チームは、スポーツ医学などで広く用いられる冷却療法が、局所の血管収縮や代謝活動の低下を促し、浮腫などを軽減する効果があることに着目しました。ERCP後の乳頭部浮腫がPEPの一因であるという仮説に基づき、十二指腸乳頭部を氷水で冷却することで浮腫を抑制し、PEPの発生を減少させることができるのではないかと考えました。
本研究は、多施設共同、単盲検、並行群間無作為化比較試験として実施されました[出典: 464, 502, 527]。日本の8つの病院が参加し、2022年3月から2024年2月までにERCPの適応がある880名の成人患者を登録しました。
患者は、ERCP後に十二指腸乳頭部を氷水で冷却する群(氷水冷却群)と、冷却を行わない対照群に1:1の割合で無作為に割り付けられました。氷水冷却は、ERCP手技終了後、250mLの氷水を50mLずつ5回に分けてシリンジを用いて乳頭部に向けて注入する方法で行われました。 主要評価項目であるPEPの発生率は、以下の通りでした;
氷水冷却群では、対照群と比較してPEP発生率が有意に低いことが示され(P=0.02)、絶対リスク減少は3.6%、相対リスク減少は52.4%でした。
副次評価項目として、胆管炎、出血、穿孔、死亡率を評価しましたが、両群間に有意差は認められませんでした。特に、氷水冷却に直接関連する有害事象は一切報告されませんでした。
また、サブグループ解析では、高リスク患者(PEPの高リスク因子を持つ患者)や内視鏡的乳頭括約筋切開術(ES)を受けた患者において、氷水冷却がPEP発生率をさらに有意に減少させる効果が示唆されました。一方で、予防的膵管ステント留置術を受けた患者では、氷水冷却の予防効果は観察されませんでした。これは、膵管ステントが乳頭部浮腫による膵液排出障害を軽減するため、冷却による浮腫抑制効果が重複しない可能性を示唆しています。
本研究は、氷水冷却によるPEP予防の有効性と安全性を世界で初めて示したものであり、その結果は日本の医療現場にとって画期的なものです。簡便で低コストなこの方法は、特別なスキルや機器を必要とせず、ERCPを行うあらゆる医師が容易に導入可能です。
しかしながら、本研究にはいくつかの限界点もあります。対照群で偽の冷却(例えば室温水の注入)を行わなかったため、冷却効果自体によるものか、単なる洗浄効果によるものかを明確に区別できませんでした。また、氷水の量(250mL)や冷却時間の科学的根拠が不足しており、今後の研究で最適なプロトコルを確立する必要があります。さらに、本研究では倫理的な理由からNSAIDが使用されなかったため、氷水冷却とNSAIDの併用効果についてはさらなる検討が必要です。
今後は、室温水を用いた対照群を設けた研究や、氷水の量・冷却時間の最適化、そしてNSAIDとの併用効果を検証する研究が期待されます。これらの研究を通じて、氷水冷却がPEP予防の標準治療として確立され、より多くの患者がERCPを安全に受けられるようになることが期待されます。
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