公益財団法人田附興風会 医学研究所北野病院

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麻酔に関する説明書

麻酔の前に

絶飲食について

胃の中に食べ物や水分が残った状態で麻酔をすることは危険を伴います。胃の内容物が逆流して肺の中へ流れ込むことで誤嚥(ごえん)性肺炎をおこす可能性があるためです。当院では、原則として手術前日24時以降は絶食、手術室入室2時間前まで飲水可(水・茶・透明水)としています。

のみぐすりについて

手術当日朝まで服用していただくものと、中止していただくものがあります。服用中の薬がある場合は麻酔科担当医にお知らせ下さい。

禁煙について

喫煙は手術・麻酔を行ううえで悪影響を及ぼします。肺炎などの合併症の危険性が増え、傷の治りも悪くなります。悪影響をなくすには1か月以上の禁煙が必要ですが、いつから禁煙を始めても合併症を減らす効果はあり、早いほど有効です。手術・麻酔の安全性を高めるために手術前は必ず禁煙してください。受動喫煙も同様に有害ですので、ご家族の方も禁煙をお願いします。禁煙が守られていない場合、麻酔をお断りして手術がキャンセルになることもあります。

点滴について

手術当日の朝、手術室または病棟で点滴をします。

麻酔の方法

麻酔には大きく分けて、意識のない完全に眠った状態にする麻酔(全身麻酔)と、意識はあるが痛みは感じない状態にする麻酔(脊髄くも膜下麻酔、硬膜外麻酔、伝達麻酔、局所麻酔等)とがあります。
私たち麻酔科医が担当する麻酔の多くは全身麻酔です。両者を組み合わせた麻酔(例えば全身麻酔+硬膜外麻酔)もあります。手術の部位によっては全身麻酔をかけないとできない手術もありますが、下半身の手術のように全身麻酔でも脊髄くも膜下麻酔でもどちらでも可能な手術もあります。

全身麻酔

完全に意識をなくす麻酔方法です。手術はあなたの知らないうちに始まり知らないうちに終わっています。麻酔の始まり方としては、点滴から薬が入って眠ってしまう方法(静脈麻酔)と、マスクで麻酔薬を吸入しながら眠ってしまう方法(吸入麻酔)とがあります。成人では殆どの場合、前者の方法で麻酔がかかります。後者は主に小児で行う方法です。麻酔中は喉の奥にある気管へ口(または鼻)から管(気管チューブといいます)を挿入して人工呼吸を行います。

脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔)

腰椎麻酔ともいいます。下半身麻酔です。下半身の手術、すなわち大腿、膝、足、膀胱、子宮、肛門等の手術に対して行います。下半身がしびれて痛みは感じませんが意識は保たれます。
方法は、横向きあるいは座った状態で、腰から注射して脊髄を包んでいる袋の中に麻酔薬を入れます。5〜10分位で下肢から腹部に向かってしびれが広がってきます。十分に広がったところで手術を始めますが、手術後も数時間はしびれが残ります。

硬膜外麻酔(こうまくがいますい)

脊髄くも膜下麻酔と兄弟のような麻酔方法です。麻酔薬を入れる場所が脊髄を包んでいる袋(硬膜といいます)の外側なのでこのように呼ばれます。背中あるいは腰から注射し、そこから直径1ミリ位の柔らかいプラスチックチューブを留置します。麻酔薬はこの細いチューブから入りますので手術後の痛みに対しても有効です。
多くの場合は全身麻酔と組み合わせて行います。開胸して行う肺の手術、開腹して行う胃、胆嚢、肝臓、膵臓、腸、子宮などの手術、あるいは股関節の手術などでは、多くの場合、この全身麻酔+硬膜外麻酔という方法で麻酔を行います。

伝達麻酔

上肢や下肢の手術、あるいは腹部の手術の際に全身麻酔と組み合わせてこの麻酔を行うことがあります。全身麻酔前あるいは全身麻酔中に行います。多くの場合、最近進歩した超音波装置を用いて注射針の位置を確認しながら行います。硬膜外麻酔と同じように細いチューブを留置することもあります。

局所麻酔

眼、鼻、あるいは手足の小さな手術に対して行われますが麻酔科医が担当することは殆どありません。

実際の麻酔の流れ(全身麻酔の場合:成人)

手術室に入りましたら、手術台に移っていただき、まずは心電図と血圧計、また酸素を測る指のキャップをつけます。手術室で点滴を取る場合は、手の静脈から点滴を取ります。あらかじめ痛み止めのシ-ルを貼ったところから針を刺します。(脊髄くも膜下麻酔、硬膜外麻酔の場合はこのあとで横向きあるいは座った状態で腰あるいは背中から麻酔の注射をします。この時もあらかじめ痛み止めの注射をします。)
このあといよいよ全身麻酔です。お顔にマスクを当てて酸素を流し、点滴から麻酔の薬が入ることで全身麻酔が始まります。あなたの意識があるのはここまでです。

以後はあなたが全く知らない間に行われることです。何をするかというと、口(または鼻)から気管へ人工呼吸用の管(気管チューブ)を入れること、口または鼻から胃へ管を入れること、尿量を測るため尿道から管を入れること、血圧を連続的に測定するため手首の動脈に細い管を入れること、頚部あるいは鎖骨の下の太い静脈に点滴用の管を入れること、などです。これらの手技はあなたの体の状態、手術の種類によっては行わないこともあり、逆に麻酔が充分にかかる前に行うこともあります。このあと手術がやりやすいように体の向きを調整し、皮膚を消毒していよいよ手術開始です。もちろんあなたは眠ったままです。

さて手術が終わりました。麻酔から目覚める時です。最近の麻酔薬は投与を中止すれば速やかに覚醒します。「目を開けて、手を握って、深呼吸して、口を開けて」などと言いますのでその通りにして下さい。充分に麻酔からさめたことを確認したら気管チューブを抜いて、病棟へ帰ります。
(但し心臓手術などの大きな手術、長時間に及ぶ手術、また患者様の呼吸の状態が思わしくない場合など、麻酔を覚まさず人工呼吸をしたままでICUへ移動する場合もあります)

術後の痛みについて説明します。硬膜外麻酔を行った場合は、病棟へ帰ってからも留置した細いチューブから強力な鎮痛薬が持続的に注入されますので、痛みを感じることは少ないと思います。脊髄くも膜下麻酔の場合、あるいは全身麻酔単独の場合は、麻酔が切れるに従って多かれ少なかれ痛みが出てくると思います。坐薬、注射、点滴などで痛み止めをしますので早めに申し出てください。患者様が自分でボタンを押して痛み止めを注入する装置を用いる場合もあります。痛みを我慢するのはいいことではありません。術後肺炎の予防のため、ゆっくり深呼吸をし、咳をして痰を出して下さい。

麻酔の合併症

あなたが最も心配している麻酔合併症についてのお話です。麻酔薬やモニタ-機器の進歩により、麻酔の安全性は近年飛躍的に進歩しました。そのため麻酔に関する合併症の頻度も非常に低くなりましたがゼロではありません。

全身麻酔に伴う合併症

歯の損傷・声のかすれ・のどの痛み

全身麻酔の時は口(または鼻)から気管にチューブを入れますが、その時に歯を損傷することがあります。特にグラグラの歯や1本だけ残った歯は損傷の頻度が高くなります。はずせる入れ歯は前もってはずしてきて下さい。グラグラの歯については必ず申し出てください。また手術の後、声がかすれたりのどが痛んだりすることが比較的多く見られますが、普通は2〜3日でよくなります。ごくまれに、声のかすれが続き、耳鼻科での治療が必要になることがあります。

悪心・嘔吐

全身麻酔のあとでむかつきが続いたり実際に吐いてしまうことがあります。女性の方や乗り物酔いしやすい方に多く見られます。患者様の体質や手術の部位、また術中や術後に使用する鎮痛薬が関係しています。むかつきの出にくい麻酔方法や鎮痛手段もありますので、過去に術後のむかつきで苦しまれた方は遠慮なく申し出て下さい。

術後肺炎

全身麻酔のあとは、肺のふくらみが不十分となり、また痰が多くなりしかも出しにくくなるため、肺炎をはじめとする肺の合併症を起こしやすい状態です。予防のために手術前に深呼吸の練習をしておいて下さい。禁煙は必ず実行して下さい。また手術後も繰り返し深呼吸をし、咳をして痰を出すようにして下さい。手術を受けたあなたの努力がいちばん大切です。

悪性高熱症

全身麻酔に伴う、非常に稀ですが重大な合併症です。麻酔中に体温がどんどん上昇して40度以上にもなり全身の筋肉が固くなる病気です。家族性に発症することもありますので、あなたの家系でこのようになった方がおられましたら必ず申し出て下さい。最近の統計では、発症頻度は全身麻酔10万例に1~2例、死亡率は約15%です。ちなみに本院での全身麻酔件数は年間3,300件位です。

脊髄くも膜下麻酔に伴う合併症

頭痛

脊髄くも膜下麻酔で手術をした後、起き上がった時などに頭痛を感じることが特に若い方で比較的多く見られます。針を刺した穴から髄液が漏れることが原因です。枕を低くしてベッド上で横になっていて下さい。口から物を摂ってもよければ水分を多めに摂って下さい。普通は1週間程で良くなります。

神経障害

脊髄くも膜下麻酔の場合、下半身のしびれは普通は数時間で取れますが、ごく稀に翌日以降もビリビリした違和感や筋力低下等が残ることがあります。

硬膜外麻酔に伴う合併症

神経障害

硬膜外麻酔の場合は、手術後も1〜4日程度持続的に薬液が入ります。
従ってその間は手術の創のあたりはしびれた感じがします。また鎮痛薬の副作用で吐き気や痒みが生じることがあります。薬液注入中止後はこれらの症状はなくなります。脊髄くも膜下麻酔と同様、ごく稀に翌日以降もビリビリした違和感や筋力低下等が残ることがあります。また非常に稀ですが、留置したチューブを通して感染したり、穿刺した場所に血液がたまり、それが原因で神経障害が起こることもありますので、下肢がしびれる、力が入りにくいなどの異常を自覚したら速やかに申し出て下さい。

頭痛

硬膜外麻酔の場合も2.5%程の確率で硬膜を穿刺してしまい髄液が流出することがあります。その場合、脊髄くも膜下麻酔と同様、起き上がった時などに頭痛を生じます。脊髄くも膜下麻酔に較べて、使用する針が太いため、頭痛の程度も強くなることが多くなります。安静と点滴で回復を待ちますが、改善が見られにくい場合は硬膜外自己血パッチという治療を行うこともあります。

いずれの麻酔方法でも起こりうる合併症

肺塞栓症

長時間体を動かさずにいると、血流がとどこおり、血管の中に血栓(血の固まり)ができることがあります。下肢の静脈に多く見られます。大きくなった血栓が剥がれて肺の血管に詰まると突然の呼吸不全、心停止を起こすことがあります。手術後1週間ほどは注意が必要です。最近の我が国の集計では、肺塞栓症の発生頻度は手術1万例につき3例程度、発症した場合の死亡率は約10%と報告されています。血栓ができるのを予防するために、手術前に専用の靴下を履いていただき、手術中から手術直後は足の裏をマッサージする装置を使用します。手術後すぐに歩けない場合も積極的に足を動かす運動をしてください。

アナフィラキシ-

投与した薬に対して体が過剰に反応して起こる強いアレルギ-反応のことです。いわゆるショックです。どのような薬に対しても起こり得ます。以前に薬や注射でアレルギ-が出たことのある方、家族の方に出たことのある方は必ず申し出て下さい。

心臓の障害(心筋梗塞、心停止など)

術中、術後の心筋梗塞は以前に起こしたことがあるなどもともと危険性の高い方ではごく稀に起こることが報告されています。最近の我が国の調査では、術中心停止の発生頻度は1万例につき3~4例です。

脳の障害(脳梗塞、脳出血など)

術中、術後の脳梗塞や脳出血は以前に起こしたことがあるなど、もともと危険性の高い方ではごく稀に起こることが報告されています。

肝臓・腎臓の障害

術後に肝臓や腎臓の機能が低下することがありますが、もともと障害のある方でなければ、治療を要するほど低下することはごく稀です。

合併症が発生した場合、緊急を要するときには麻酔中や術後に麻酔科医が適当と判断した処置を行います。