| 長年苦しまれた膿胸を京都大学の外科治療で癒された 田附政次郎氏が、「最高の医療を大阪の地に」と多額の
私財を添えてその夢を京都大学に託され、大正14年 (1925年)、文部・内務両大臣の認可をうけて財団法人
田附興風会医学研究所が京都大学医学部内に設立されました。この行為に共感された大阪市からは用地の提供をうけ、
昭和3年、研究事業遂行のために臨床医学研究用病院を付設、当時の 關一(せき はじめ)市長により「北野病院」と命名されました。
以来70年、医学研究所は、京都大学医学部内より付設された臨床病院を舞台として、基礎から臨床にわたる幅広い研究成果を直ちに診療の場に還元して医療の向上をはかり、大阪における中心的施設として今日まで歩みを続けています。 |